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悲しいときー ひとりでサンフランシスコを観光したときー

前の話はコチラ↓

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むっちーと私は2年間の交際期間を経て
結婚することになる。

むっちーとは誰かというと我が愛妻である。
なぜ、むっちーというのか?
それは ムチムチであるからに他ならない。

昨年は定年前ということで貯まりにたまっていた
有給休暇を取得してむっちーと色々なところへ
旅行することができた。
でも考えたら、60年間生きてきて海外旅行なる
ものに行ったのはたった5回だけ。

一度目は学生時代の友人と行ったグアム旅行

二度目はむっちーとの新婚旅行のアメリカとハワイ

三度目は長女が1歳の時のグアム旅行

四度目は会社の出張で行ったタイ

五度目は会社の研修で行ったアメリカ

そんな中で今回はいちばん悲しかった海外旅行について
書いてみよう

目を合わさない 新郎と新婦


私とむっちーが結婚したのは今から30年前
そう、昨年 真珠婚式だった

今となっては笑い話だったが、結婚式の前2か月
ぐらいから私とむっちーはケンカをしていた。
何が原因ということもないのだが、いろいろなことが
重なってケンカは続いていた

そのケンカはかなり深刻だった
結婚式の打ち合わせに式場へ行くことが2回あったのだが
その2回ともむっちーが来ない
私ひとりが式場のスタッフと打ち合わせをするという
異常事態

結局は仲直りすることなく結婚式当日を迎える
なんせ顔を合わせるのも久しぶりという状況
まったく目も合わせないふたり
異様な中で結婚式は終わった。

ココロを閉ざしたままアメリカへ


それでも何とか取り繕って新婚旅行へ
やっぱり、ここで別れてしまうと世間体もあるし、
お互いの両親が悲しむという思いがあった

無事、最初の目的地ロスアンゼルスに到着
新婚旅行のツアーなので周りは当然新婚ばかり
他のカップルは新婚なので楽しくないはずがない
そんな中で浮いている 私と むっちー
何とか楽しもうとするが無理がある
ユニバーサルスタジオ、ディズニーランドと
行ったが、何を楽しんだのかほとんど記憶がない

豪華なディナーも会話が続かなければおいしくない
こうして2日間のロスアンゼルスは終了し、私たちは
次の目的地サンフランシスコへ

コンドルは飛んでいく 私のココロも飛んでいく

次の目的地サンフランシスコ到着
私たちが到着したときは数年に一度のゲイのお祭り
ゲイも楽しそうだし、周りのカップルも楽しそう
楽しくないのは私たちだけ?

全く私とむっちーは仲直りのきっかけがつかめない
観光に行こうといってもむっちーは行かないという
もう、どうでもええわ!
頭にきた私はひとりでサンフランシスコの街へ

どこにいくあてもない
サンフランシスコ名物のケーブルカーに乗っても
日本人ひとりで乗っているのは私だけ
サンフランシスコをウィンドショッピングしても
何も目に入らない
街の片隅で大道芸人がオカリナの演奏をしている
サイモンとガーファンクルの名曲
”コンドルは飛んでいく”
立ち止まって聞く
ココロにしみる
私のココロも飛んでいく…

375ドルになります!!!!

4時間ぐらいロスアンゼルスの街をさまよった

傷心のままホテルに戻る
むっちーは寝ている
さらに最悪の状況でサンフランシスコを旅立つ
最終地ハワイに向かう

翌日 チェックアウトするためにフロントへ
いつもどおりキーを返して立ち去ろうとすると

「375ドルになります。」(当然 英語で)

はっ??この人は何を言っているんだ?

「375ドル(約4万円)お支払い願います」
「国際通話料金 375ドルになります」

どうやらむっちーは私がロスアンゼルスを
さまよっている間に日本の自分の親友に
国際電話をかけていたらしい。

そりゃ仕方なく、この新婚旅行のために作った
アメックスのカードで支払ってやりましたとも

成田離婚ならぬ伊丹離婚⁉

結局、ハワイでもふたりの関係は修復されず
そのまま帰国の途についた。

伊丹空港から地元に戻っては来たものの
ふたりは新居に帰ることなく、そのまま
それぞれの実家に戻っていった。

あれから30年!(綾小路 きみまろ風)

すったもんだあったが、何とかふたりの生活が始まり、
子供ができ、その子供たちも全員独立して今では
夫婦ふたりで仲良く暮らしているから人生は面白い。
ケンカも結婚前に人生全て分をしてしまったみたいで
結婚生活を送ってからは大きなケンカもしたことがない。

ということで むっちー これからもよろしくね。

それでもイジり続けるけど怒らんといてや。

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